2023-06-03

川路重之/落田洋子「紅茶と海」

今回ご紹介するのは、特別に変わったところのある本ではありません。ごく普通の絵本/アートブックなのですが、子供の頃の私にはずいぶんと「不思議な本」に見えました…。私が生まれて初めて出会った「奇書」のお話です。

装丁


装丁、ページのレイアウトともに、普通の絵本です。挿絵を担当されているのは画家の落田洋子氏。どこかファンタジックで、ドールハウスのような独特のイラストレーション、柔らかく温かみを感じる色使いや質感が印象に残ります。

落田氏の絵を初めて見たときから、同氏の作品に頻繁に登場する、様々な色合いのビー玉のようなモチーフが妙に気に入っています。

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あらすじ


主人公のマリコは、自分を取り巻く世界との折り合いが上手くつけられない少女でした。自分の声や体が思い通りに振る舞ってくれなかったり、周りのものや時間が、ひどく奇妙に感じられたり。

今は結婚して、かわいい娘を抱く大人のマリコは、愛する人にその頃のことを懐かしく語るのです…。

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この作品について

この本に出会ったのは、小学校の図書室でした。詩的でミステリアスなタイトルに惹かれて、手に取ったのだと思います。

今にして思うと、これは小学生が読むようなタイプの絵本ではなかったような気がします。なぜこれが小学校にあったんでしょうかね…。文章は短くて決して難しくなく、きれいな挿絵も豊富で、パラパラとめくった限りでは児童書に見えなくもないのですが…。


子供時代の私には、それはこれまでに見たことのない種類の「ものすごく変な本」でした。お話の筋も、絵を見ても、どんな場面なのかよくわからない。かと言って、画集や詩集や美術書でもない…。今は曖昧ながらも内容を説明できますが、当時の私にはこの本を説明できる言葉はありませんでした。

いくつか印象に残っている一節を引用してみます。

「ああ、今日の海は、なんだか、変な海だわ」
とさけぶと、とつぜん、海は、マリコにむかって、ぱちっと片目をつむってみせた。マリコはびっくりした。あんまりびっくりしたので、ひょくっと、船の白や、海の青や、夕日の赤を、飲み込んでしまった。

ざあっと昨日からやすみなく降り続いている雨が、ようやく明日には晴れるのを見たので、
「ああ、きれいな虹だ」
と、マリコが空を見あげていたら、ぽーんと、どっかからとんできたリンゴの芯みたいに、今日一日ぶんのお天気をくしゃくしゃっと丸めて詰めこんだかたまりが、マリコのおでこに当たった。
ちょうど、お天気の通り道にぶつかったのだ。

いわゆる比喩表現や、擬人化などはもうわかる年齢でしたから、植物や動物が人間のように行動したりするのは想像できます。ですが、「色」だとか「お天気」、あるいは「時間」といった形を持たないものが、物体のように描かれている。しかもそれが実際にはどういう状況なのかが、ちょっとイメージしにくい。私がそれまでに見たことのない表現でした。

そして挿絵の方も、その文章を具体的に説明しているわけではなく、むしろ文章には登場しなかった奇妙なオブジェや、見たこともない植物が描かれていたりして、謎は深まるばかり。当時の私にとっては「不思議の国のアリス」より、よっぽどこちらの方が「奇書」に見えました。


でも、その奇妙な印象ゆえでしょうか、その後も時折この本のことを思い出し、ずっと心に引っかかっていました。意味がわからないながらも、絵や作品全体から伝わってきた雰囲気や、独特な手触りのようなものが「なんとなく」気に入っていたのだと思います。

大人になってから探してみた頃には既に絶版しており、一時はネットでも情報は見つからず、図書館で探してもらって、実に数十年ぶりにこの本との再会を果たしました。そこから更に何年も経って、ようやく古書を入手した次第です。


今あらためて読んでみると、これがどういうお話なのか、以前より少しは分かるような気がします。少女時代のマリコが持て余していた「いうことをきかないいたずらなもの」が何なのか、彼女には世界がどう見えていたのか。幼いマリコはそれを誰かに伝える言葉を持たず、それがあの不思議な描写となって、表現されていたのではないか…今はそんな風に感じています。

そのマリコと同じくらい幼かった私にそれが理解できるわけもなく、それでも彼女の目を通して見えた世界の不思議さや独特の色彩に、強く影響を受けたのだと思います。それを思えば、小学校の図書室にこの本が置かれていた意味も、あったのでしょうか…。

著者の川路重之氏、挿絵の落田洋子氏、ともに著書はいずれも絶版しており、入手が難しくなっています。落田洋子氏の作品は、シンフォレスト社から発売されていたデジタル画集(CD-ROM)を一時期所有していましたが、こちらも生産終了のようです。機会があれば、他の作品もぜひ読んでみたいと願っています。

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書籍情報

タイトル「紅茶と海」1980年
著者:川路重之 / 落田洋子(絵)
偕成社 刊
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/403963120X
ISBN13:978-4039631206

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