久しぶりにニック・バントックの著作から、最新作(*)を紹介する。今回はオリジナルのカード・デッキだ。バントック氏作品に共通の世界観や、そのまま飾っても良さそうな、美しい新作アートが楽しめる。
(*)…2023年6月現在
装丁
上記で紹介したのは、カードデッキの外箱だ。箱に収められた形態は「Capolan」以来となるが、こちらは蓋がマグネット止めとなっている。
内容は計40枚の大判のカード、2枚のブランクカード、それに200ページ弱ほどの解説冊子である。全カードの図柄については出版元・Llewellyn社の公式動画で紹介されているので、割愛する。
![]() |
| カードの図柄(一部)。 上段左からArbiter(調停者)、Dreamer(ドリーマー)、Strategist(戦略家)、中段Mooncat(月猫)、Shadowdiver(潜行者)、Inventor(発明家)、下段Starclimber(スタークライマー)、Alchemist(錬金術師)、Sage(賢者) |
カードの図柄は、タロットカードと言うよりはオラクルカードに近い構成となっている。描かれているモチーフは個人が内面にもつ、ある要素──著者はこれを「アーキオ(Archeo)」と呼ぶ──を象徴する40種のキャラクターで、神話や各国の伝承の人物や生き物、一般的な物語や心理学で扱われるアーキタイプなど、多岐にわたる。
内容
これはタロットのような占いをするためのカードではなく、自己の内面と向き合い、自分自身がその内的世界を理解するためのツールである、と著者は語っている。
現在ではゲーム作品などで知られるようになってきた「アーキタイプ」という概念であるが、これは分野によって取り扱いが異なる。心理学者ユングが提示した「アーキタイプ(元型)」は、1人の人間の無意識下に備わっている根源的な各要素を象徴化したものである。一方、神話学者ジョーゼフ・キャンベルが提示したのは、各地の神話に共通して見られる物語の構成や、登場人物の特性などを分類・命名したものとなっている。両者に共通するのは、それが万人にとって普遍的な、定義済みのものとして扱われていることだ。
著者はこれを、個々人の内面世界にある「神話」の登場人物──「アーキオ」としてとらえ、その主人公である自分自身の人生をわたる「旅の同行者」として扱っている。自分の内にある彼らの存在を理解し、上手く付き合っていくことで、人生における様々な局面で彼らの助けを得られるようになるだろう──と語っている。
同梱の冊子には、著者が定義した40種の「アーキオ」それぞれの意味や特性の解説、カードの基本的な使い方3パターンの紹介、さらに拡張的な利用法のヒントなどが掲載されている。巻末には各アーキオを主人公とした短い物語が収録されており、個々のキャラクターを理解する助けとなっている。
カードデッキに付属している2枚のブランクカードは「予備」ではなく、使用者が自ら新たな「アーキオ」を生み出すためのものとされている。著者が提示した40種がすべてではなく、これを元に自身の内面を知っていくことで、さらに独自の「アーキオ」を発見することを推奨しているのだ。
この作品について
このカードは平たく言ってしまうと「自己分析ツール」のようなものである。
著者ニック・バントック氏は長年にわたる創作活動やワークショップを通じて、人が内面に持つ様々な側面を理解し、それらを統合し、自ら育んでいく力の重要性を強く感じたのだと言う。必要に応じて、自身が持っている多様な視点や能力を呼び出せることは、人生で直面する様々な問題を乗り越える力となる。
時には自身が好まない、認めたくない結果も現れることがある。そんな時はそこで目をそらさず、心を落ち着けて、そのカードが自身のどんな側面を表しているのか、その根源は何か、じっくりと考えてみることを著者は推奨している。そうして彼らを理解し「仲間」にしていくことで、内面世界はより強く、豊かなものになるだろうと言う。
私は、人の内面において重要なのは「バランス」だと常々考えている。善と悪、道徳と不道徳、勤勉と怠惰、愛情と嫌悪、利己と利他。ひとりの人間の内にはいくつもの相反する要素が同居し、時には矛盾を抱え、迷い、悩みながらバランスをとっている。それが普通の人間の、自然なあり方なのだと思っている。
バントック氏の言う「内なる神話」の構築とは、その様々な要素のバランスを取るための、ひとつの方法論だと言える。
どちらか一方を良くないものと断じて、無視したり排除しようとしても、それは心のより深いところに沈み込むだけで、消え去ることはない。無理のあるバランスは、いずれは脆く崩れてしまう。自分のあらゆる側面を、自分の物語に欠かせない「登場人物のひとり」として受け入れ、ひとつの神話世界として統合しようというこの手法は、取り組みやすいのではないだろうか。
カードデッキとしてはもちろん、本作も飾って楽しむのに充分な美しいグラフィックである。これまで紹介してきた作品に比べコラージュの要素は少なく、個々のアーキオ・キャラクターを描いたドローイングがメインである。長辺がポストカードくらいのサイズなので、ひと回り大きめの額に入れると映えそうだ。
アーキオのいくつかには、バントック氏の過去の作品を思わせるモチーフが使われている。「Warrior(戦士)」には「不思議な文通」シリーズにも登場した日本のサムライが描かれているし、「Duende(デュエンデ)」は「The Forgetting Room」のメインテーマでもあった独特の概念だ。「Falcon(鷹)」は「The Morningstar」3部作の冒頭で引用されるイェイツの詩の一節に登場している。そのほか挙げればいくつもあるが、過去の作品に登場したモチーフの意味が、本作であらためて掘り下げられているように思える。
このカードデッキを元に新たなアーキオを生み出すという提案や、「ドラブル」というユニークな文章形式を用いた巻末のショートストーリーなどには、ただ受動的にコンテンツを楽しむだけではない、積極的な参加を読者に呼びかけるメッセージが読み取れる。
オリジナルのアーキオを作る際、コラージュを使うアイデアや、キャラクターや内面世界のビジョンを強化するためのヒントなども紹介されており、絵心がなくても取り組みやすくなっている。
また「ドラブル」という文章形式は今回初めて知ったのだが、本来は「100単語ちょうど」という制限の中で簡潔に趣旨を伝えるという、文章力を養う目的で使われる手法のようだ。このショートストーリーも、自身で書いてみることを著者は勧めている。日本語だと単語数で縛るのは難しいが、文字数にしてだいたい250文字前後、長くても300文字未満ほどの内容で、気軽に挑戦できそうな難易度である。
バントック氏の作品を何冊か通読してきて常に感じるのが、この「読者の創造性」を刺激するメッセージだ。
物語の完成度という観点では、正直に言って、バントック作品は(著名な他の小説家たちに比べれば)決して高くはないと思う。だが、そこに提示される多様でユニークな表現手法、世界観、アイデアの数々は、触れているうちに「自分にも何か創れそう」、「自分も何か創ってみたい」という気持ちを強く呼び起こすのだ。
読者をただ自分の作品を鑑賞する「受け手」としてではなく、作品を通じて感じ取ったものを発信する、「新たな創り手」として迎え入れようとしている。この点において、バントック氏は多くの実験的な作家とは一線を画す、ユニークなクリエイターだと感じるのである。
書籍情報
タイトル「The Archeo: Personal Archetype Cards」2021年
著者:ニック・バントック Nick Bantock
Llewellyn Worldwide Ltd 刊 (出版社公式ページ)
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/073876440X
ISBN13:978-0738764405
Attribution:
"The Archeo: Personal Archetype Cards" by Nick Bantock © 2021 Llewellyn Worldwide, Ltd. 2143 Wooddale Drive, Woodbury, MN 55125. All rights reserved, used by permission.








0 comments:
コメントを投稿